山口と三隅、ふたりの香月に出会う夏。

 山口県立美術館の「シベリア・シリーズ」で知られる洋画家、香月泰男(1911-74年)は、黒と黄土色をベースにした独特の作風で、太平洋戦争とシベリア抑留の体験を描きつづけました。見る者を圧倒する巨大なカンヴァスと、その表面を覆うごつごつとした絵の具の盛り上がり。重厚なシベリア・シリーズは、そのまま「シベリアの画家」としての香月泰男のイメージと重ね合わされてきました。しかし、山口を出て日本海の方へ向かうと、事情は少し違うようです。香月が「〈私の〉地球」と呼んだ、生まれ故郷の長門市三隅に建つ香月泰男美術館の壁を彩るのは、カラフルな色彩で描かれた美しい、愛嬌たっぷりの絵画たち。三隅で暮らしながら、香月はシベリア・シリーズと同時に、家族や身近な動植物を愛情に満ちた眼差しで見つめ、描いていきました。過酷な体験を綴った「シベリア」と、優しさあふれる「〈私の〉ちいさな世界」。山口と三隅で、この夏、ふたりの香月泰男に出会えます。